ぎっくり腰レポート

 

 

中岡まゆ、生まれて初めてぎっくり腰になりました。

 

 

周りは案外なったことある人が多くて、そんな人にはなにを今更という情報しかないと思いつつも。

あーしにとっては初めてのぎっくり腰で新鮮だったゆえレポートを書くぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

人類全員読め読め読め読め読め!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

^_^

 

 

 

 

 

まずそもそもなんだけど、アーシってば全てのぎっくり腰は突然なるものだと思ってて。

 

 

つまるところ、何かをした瞬間、腰に激痛が走り「はい!!!いまピキッとしました!!!!!!今!!!!まさに!!!!!!!!腰を痛めました!!!めちゃくちゃ痛いです!!!!!!!これは間違いなくぎっくり腰です!!!たったいま、ぎっくり腰になりました!!!!!!!みなさーーーん!!!速報でーーーーす!!!!!!!!!!!わたし、ぎっくり腰になりましたよーーーーーー!!!!!!」

という風になるもんだと思ってたんだけど…

 

 

私の場合は2ヶ月ぐらい前からずっとじーーんわり腰が痛くて。

病院か整体かそのへん行かなきゃダメかなーーでもめちゃくちゃ痛いわけじゃないしなーーーと悩みながらも放置してたのね。だって、休みの日に楽しいこと以外すんのだるいしさ…(病気の発見が遅れて手遅れになるタイプ)

ほんである日仕事が終わって家に帰ってみたら腰に違和感。

あれ?あれ?と思っていたら猛烈な痛みが襲ってきた感じで。

 

なんでこんなに痛いの!?えっ!???まじでなに!??!??!

 

とパニックになったよ。今思えば、仕事中はアドレナリンがワサワサ出てて痛みに気づかなかったんだと思う。

 

 

いやいや、仕事中は問題なく働けてたし。寝て起きたら治るっしょ…。治るよね?ねえ…。聞いてるの?神様……。

 

 

と、祈りながらベッドに入ったが、そもそも安静にしてても痛い。眠れたもんじゃない。仰向けすら辛い。寝返りはもちろん打てないという状況となり。

 

(これって、ガチのマジ…?)

 

と思いながら一応近くの整形外科の営業時間を調べてみたってわけ。

 

うんうん、9時から営業ね。ということは8時半ぐらいから受付開始かな。その時間めがけて聞けば最初の方に呼ばれるかな。まあきっと明日には腰も良くなっていて、病院に行くことにはならないと思うけど。一応ね。一応。調べといて損はないからさ。ね。

 

と、自己完結しまた寝ようとするが、やはり激痛で眠れず。

 

これは一体なんなんだ?と思いつつ、腰といえばで1番ポピュラーな「ぎっくり腰」と検索。

 

上述したように、私は突然起こる腰痛=ぎっくり腰と思っていたので今回の痛みはぎっくり腰ではないと思っていて。2ヶ月もじわっとした腰の痛みを無視していたので(ついに何かがおかしくなったんだ…体がもう耐えられなくなったんだ…ぎっくり腰ならすぐに治るかもしれないけど、これはきっとぎっくり腰じゃない…なにか神経の病気なんだ…きっと一生このままなんだ…もう終わりだ私は…あのとき腰の痛みを無視しなければよかった…泣いても叫んでももう遅いんだ…)とかなり病んでいたわけ。だから、逆にぎっくり腰であってくれ!!!!!という気持ちでいたんだけど。

 

検索した結果、ぎっくり腰は“急性腰痛”の総称って出てきて!私の場合、慢性なのか腰痛なのか微妙なところはあるけど激痛は急激だったからこれはきっとぎっくり腰ってやつだ!!!!となぜか安心(?)し、ようやく眠りについたってのがことの顛末さ。

 

 

 

 

 

 

そして寝たり起きたりしながら朝7時に起床すると、激痛で全く起き上がれない。

意識はあるが動くことのできない肉人形まゆの出来上がりってワケ。

 

でもせめてトイレは行きたい!と、痛みを堪えて起き上がろうとするが、まじでいままでどうやって起き上がってたっけ?というレベルで動くことができない。脂汗をダラダラとかきながらなんとか立ち上がりトイレに向かうが、閉じた便座があげられない。腰を使う一切の動作が不可能なので、屈めないから便座に手が届かない。多少無理して便座を開けるが、ズボンが脱げない。腰が痛くて座れない。用を足せてもペーパーで拭くことができない。なんとか拭けても立ち上がれない。立ち上がれても下着が履けない。もちろんズボンも履けない。

 

もう“ヒト”辞めてノーパンで過ごしたろかな?そしたら脱いだり履いたりする工程ないもんな…

と思ったが、なんとこの日は夜勤。さすがに当日急には夜勤を休むことはできない。(結果的には休むが)

朝から病院にいけばなにかしらのパワーでなにかしら解決して、夜勤前には全快するはずだ!!!!!!!!そして、病院にいくためにはズボンを履かなければならない!!!!!と小さな頭で考え、痛みを我慢してすぐにズボンを履いたよね。

 

ちな、仕事じゃない日だったら多分病院もいかずノーパンで過ごしてると思う。わたしは合理的な女なので………

 

 

と、なんやかんやしながらも8時半ちょうどに病院の受付したのだが。

整形外科舐めてたね。9時に診療開始の8時半受付ですでに48人待ち。(整形外科以外も多少は居たが)しかもジジババばっか。ジジババには罪はないが、居すぎでは!?!?!?!?!?!???!!!

48番の札をみたときのアーシの絶望顔、みんなに見てほしかったよ…

もはや撮っとくべきだった…次絶望したら絶対に撮っとこう。楽しみだ。みんなも見てね。

 

 

そして、立つことも座ることもできずに苦渋の表情で待つこと1時間。突然番号をすっ飛ばして呼ばれてビビる。(ムンクのような表情と顔色で待っていたゆえに、順番を早めにしてくれたんだと思う)(#感謝)

 

ほんでベテラン先生による問診を受けた後に「前屈してみて〜」と指示され、言われた通りに前屈しようとするが1cmも前屈できず。普段は前屈すると余裕で手が床につくのでこんなにもできない現状に衝撃。

顔を下に向けるので精一杯の私を見た先生の反応が下記。

 

 

「アッハッハこりゃひどいね!!!アッハッハ!!!!笑っちゃダメか!!あーこりゃひどい可哀想だフフフ…かわいそうにアッハッハ!!!!!!笑っちゃだめだねごめんごめんフフッ…何枚かレントゲン撮ろうか。ウフフッ場所わかる?出て奥の方だから…フフフ」

 

 

爆笑である。

(こんなに笑ってもらえて、ぎっくり腰になった価値があったなァ…)としみじみ思ったね。

 

 

一通り笑われたあと、言われた通りにレントゲン室の前に行ったのだが、私しか待機がいないのに待てども待てども名前を呼ばれない。なぜ…?と思い中の様子を探ってみると、技師さんと思わしき人の「…ッテ!!チョット……デ‼︎」という焦ったような声が聞こえてくる。

 

耳をすませて聞いてみると

 

「あーちょっと!!動かないで!!!ここにいて!!!あーーー!!!手はここ!!!手はここですよ!!!降りちゃダメ!!!いまからレントゲンですよーー胸の写真を撮りますからね!!動かないでくださーい!!!動かないでくださいね!!撮りますからねー!!!手はここね!!!!病気の原因を調べるために撮ってまーす!!!動かないでくださいねー!!怖くないですよ大丈夫でーす!!!」

 

と。

 

 

色々と察し、コラァ大変だ!!時間かかるぞォ〜!!とワクワクして待つこと15分。

ようやく90歳はゆうに超えているだろうというおじいが出てくる。

 

おじいは技師さんに「先程の、整形の前のところで待っていてくださいねー」と言われていたが、キョロキョロしながらレントゲン室前の椅子に座りだす。

 

もはやこのポケポケさはかわいいレベルだが、こんな状態のおじいが1人で病院にきているのか…1人で帰れるのか?こういう人が失踪してしまうのではないか?お金は持ってるの??持ってたとしてもたくさん持ち歩いちゃダメだよ!!?家の鍵はかけてきた???とめちゃくちゃ不安を煽られるアーシ。。。

 

 

おじいが心配すぎて後ろ髪を引かれる気持ちでレントゲン室に入ると、早速「ベッドに横になってズボンを下げてください」と言われる。

 

おじいのことが頭にチラつきながらも「わかりました。」と返事をしたはいいが、検査用のベッドに腰を下ろすだけで激痛、足をベッドにあげるので激痛、当然ズボンを脱ぐのも激痛である。(この時点でおじいの存在は完全に抜け落ちた。)

 

しかし、検査結果で問題がわかれば何か対処をしてもらえるはずだと言い聞かせ、言われたようにズボンを脱いだわけ。

そしたら「じゃあ横向きになって足を立ててくださーい」とか言ってくるわけ!!!!!!

 

そういう地獄?

 

寝てる体勢だけでも辛いのに横向き!?!?足を立てる!?!???できるわけねえだろ!!!!!!!!と泣き叫びたい気持ちであったが、なんとか泣かずにやりました。私は大人なのでね。当然自制が効くってわけ。

 

 

そして撮り終わったらまたズボンを履く地獄、ベッドから起き上がる地獄、ベッドから降りる地獄を体験するわけですな……

 

 

 

レントゲンから戻り、先生の診察を再度受けると

「レントゲンではねえ…微妙ーーーーに軟骨がすり減ってるような…脊柱管の隙間もここだけ見づらいような…どうかな、角度なだけかな…骨盤もちょっとだけ、左右差があるような…微妙だなどうだろ…でもほんのり…ヘルニアではなさそうだけど…うん、ヘルニアではない…うん…わかりにくいな、もう何枚か撮らせて」

 

と歯切れの悪いことを言われ、レントゲン2回目。つまるところ、地獄行きの2回目が確定したってわけね。

 

ちな2回目は「ズボンを膝の下まで下げてください!」と言われ、レベルアップした苦痛を味あわされたよ。

 

ズボン膝下まで下げてもいいけど、上げられんかったら手伝わすからな…と心で思ったが、なんとか1人で上げられたのでえらかった。好きなブランドの福袋を買っても許されるぐらい頑張った。(わかるでしょ?買ったって意味だよ)

 

 

 

 

この時点で激痛のためか血の気が引いてる感じがあり、これは働いたら死…と思い職場にhelpの TELをすると先輩が変わってくださるとのこと。

仏様が地獄に蜘蛛の糸を垂らしてくれたのか…?というぐらい希望が見えたわたくし。神様ってまじで居るんじゃん…とあの時ばかりは興奮したね。先輩を教祖とする宗教を作り、先輩を象った人形を神棚に置いて毎日拝みたいぐらいだ…。神棚ないからまず買わなきゃいけないけど。テディベア祭壇ならあるから一旦そこでも許してもらえるだろうか?これは、先輩に要相談とします。

 

 

ほんでその後の再々診察では「よくわからんけどヘルニアではない!!!でも重いもの持たないで!!!コルセットあげるから常に巻いといて!!!痛み止めいる!?胃は強い!?!!!湿布は!?!?!!」と言われた私だったが……!?

 

 

 

 

 

 

〜回想〜

 

ぎっくり腰になる3日前に鼻炎薬くーださい♪のノリで耳鼻科に行ったアーシ。

以前からその先生にはお世話になっており、1年ほど前は鼻茸を取って病理検査に出してもらい、良性と言われ安心した経緯がある。しかし、その検査がめちゃくちゃ痛かったのだ。

そのため鼻の薬が欲しいだけで別に鼻茸は見なくていいと抵抗したが「遠慮せずに♪楽になるから取ってあげるよ♪」のノリで鼻の中をひん剥かれて鼻茸をぶちぶちとむしり取られる私(激痛)

その後も止血and麻酔のため鼻の中に大量のガーゼを詰め込まれ、モノポーラで鼻の中をジュッジュと何度も焼かれたのサ(麻酔は効いているが激痛)

 

 

そして先生には「ウフフ…きみは我慢強いねえ…こんなに我慢強い人そうそう居ないよ…ウフもうちょっとだからねえ〜 痛いよお〜我慢してね…ウフフ」と言われ…(サイコ医者やめろ)(悪いことしてないのに医者に笑われがち)

 

放心状態でいると「あの薬いる?この薬は?」と矢継ぎ早に声をかけられ、もう適当にハイハイと返事をしていたら飲み薬1種、目薬1種、点鼻薬一種の計3種薬代だけで4000円請求されて驚愕したのであった。(保険適用でこの値段ね)

 

 

 

〜回想終了〜

 

上記のことがあったため、薬って意外と高額なのか!?と怖くなり「アッ胃は強いので胃薬はいらないです…湿布も…いらないです…」と痛み止め以外を全部断ったらまさかの薬代420円で済んだ。耳鼻科が異常に高かっただけ!?!?!?!!湿布ぐらい貰っとけばよかったよ!!!!!

 

後悔したがまあ湿布にはそんな効果ないやろと思い直し、貰ったコルセットを即腰にまき、ひとまず今日の仕事の心配はしなくていい安心感で帰路につくと…

 

 

 

 

なーーーーーーーーーんにも解決してなくね???????

と思っちゃったわけですわな。

だってレントゲン撮ってコルセットと痛み止めもらっただけだもんね。

 

何しても激痛で動けない肉人形のあーしは健在ってコト…。

 

 

 

早く痛みをとりたくて、再度検索の鬼と化すわたくし。

「ぎっくり腰 なおし方」「ぎっくり腰 速攻治す」「ぎっくり腰 一瞬でなおす方法」などと調べるが、結局は日にち薬という結果しか出てこない。

 

 

仕事に早く復帰したいのに何にも解決してないし自分でできることも見当たらない焦燥感から、病院→接骨院をはしごしたんだけど、なんかおんなじ部位では重複して保険使えないんだね!?

整骨院、自費と言われるが、もうなんでもいいです!!!!!痛みが取れるならば…というノリでジャブジャブお金を払うわたくし。。。今まで病院に行かなかったツケがいままさにまわってきたってワケさ…

(ちな整骨院はいまのところそんなに効果を見出せてない)

 

 

 

話は飛んで、本日でぎっくり腰発症から4日目

現在は腰の痛みがまだまだありつつも地獄の日々から抜け出し、仕事復帰できてhappy!!

 

自費診療は続いているからお金は目減りしていっているけど…

まあなんもせんよりいいかな♪の気持ちで多少お金かかってもゆっくり直していこうと思っている。

 

 

あと、私は今まで激柔らかいマットレスで寝ていたんだけど、職場の人に「腰痛の人はそういうので寝ちゃダメ!!!!これからは床に直接せんべい布団を敷いて寝なさい」と言われたので(本当か…!?)と思いつつも色々試してみようと思います。

 

 

 

腰痛は現在進行形なのでオチはない

 

なんにせよ、手術になるほどの病気じゃなくて良かった〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

みんなも体大事にしような!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

文字数が6000文字を超え、収集がつかなくなってきたので〜fin〜

 

ココとの思い出

 


ココがいわゆる「虹の橋」を渡りました

 


19歳と半年という長い年月

わたしが可愛がっていたのではなく、ココがずっと私を助けてくれた20年だった

 

 

 

確か出会いは8歳だか9歳だか、そのくらいの歳だった。

朝早く、わたしと兄弟が寝ている部屋に母がきて、私たちを起こしてすぐベッドに子犬を放した。「今日から家族だよ!」なんて言いながら。

 


犬を飼うなんて知らなかった私たち兄弟は本当に泣くほど笑って喜んだ。

 


その日からわたしたち兄弟3人とココで4人兄弟となった。

 

 

 

 


わたしのココに対する溺愛ぶりは常識を逸脱していて、大学の時には1限目の途中で「犬に会いたいから」と帰ることもあった。

「犬といたいから」と行かないこともあった。

 


元々マジの引きこもりだから高校も大学もそうやって行ったり帰ったり、ココを撫でたり一緒に寝たりしながら精神の安定を図ってた。もちろんサボりたいだけの日もあったけど。

 

 

 

友達からの遊びの誘いも「犬といたいから」と断ることがあった。

というか犬が老いてからは特にそう断る回数が増えていったような気もする。

19歳という年齢で、見るからにヨボヨボで残りの時間がそう無いと思うとどうしても犬を優先させたかった。

 


ちなみに断る合言葉は「命は有限、友情一生」なんて言ってさ

普通だったら関係を切られてもおかしくないような断り方をよくしてたけど、優しい友達に恵まれて関係を切られることなく今日まで過ごせて、本当に感謝です

みんなに支えられて生きています。本当にありがとう

 

 

 

2ヶ月ほど前から実家から車で15分のところで一人暮らしを始めた。でも、辛いことがあるとすぐ実家に帰り「犬セラピーが必要」と言って一緒に眠った。

辛いことがなくても週に一回は「犬セラピー」を受けに帰った。

ココと寝ている自分は、世界で一番満たされた存在だった。

 

 

 

 


本当はココと一緒に死にたかった

いない生活が考えられないし、ココがいなくなった後の自分は自分じゃないから。

毎日寿命を1日ずつ渡し、ちょうど同じ日に死ぬことが希望だった。

家族には「犬がもし死んだら、その日にわたしも死ぬ」と本気で言っていたし、本気で思っていた。

 

 

 

「なら、死んだその日に新しい犬を飼おう」なんて家族で笑ってたけど。

 


だけど、実際犬がいなくなったいま、同じ気持ちにはならない。

ペットで空いた心の穴は新しいペットで…と思っていたけど、新しい犬を飼ったとしてもこの穴は埋まらないと思う。

代わりにはなるかもしれないし、新しい犬を飼ったら絶対に大切にして一生手放すことなく可愛がれる自信があるけど…

これから先、何匹犬を飼って楽しく笑って暮らしていけても、どうしたってココが居なくなった穴は一生埋まることは無いと思う。

でも、それでいいとも思う。埋まらないでいいとすら思う。

 

  

話は変わるが、わたしは現在看護師として働きながら、おじいちゃんおばあちゃんの亡くなる瞬間にたくさん立ち合わせてもらっている。

命の授業みたく、たくさんの患者さんに老いるのは仕方のないこと、命あるものがいずれ死んでいくのは自然の流れだと教えてもらった。


そういう経験の積み重ねで心の準備が進み、ココが死んでもなんとか生きている自分がいる。

なるべくしてなる人生を送っている。導かれて生きている。そう感じた。

 

 


ココがいないこれからの人生、なかなか想像もつかないけど、つらい時に必ず居てくれたココがいなくなったいま、何か起こった時にどう立っていけばいいのか全然わからないけど…

なんとか、なんとか、頑張っていきたいと思う

 

 

 

おばあちゃんが死んだ時も言ったけど

自分が死んだら、最愛のおばあちゃんと最愛のココが待ってると思うと死んだあとの楽しみが増えるばかりだよ

 


自殺すると天国にはいけないらしいから、時間かかると思うけど…

 


それまでちょっと待っててね

 

 

 

 

 

最後に

 

本当にキラキラした毎日をありがとう

あなたに支えられてこれまでやってこれました

わたしを生かしてくれてありがとう

うちに来てくれてありがとう

もしわたしを天国で待たずに生まれ変わるなら

またうちにきてね

 

 

 

大好きだよ

 

みなみ

中岡まゆのおばあちゃん

 

おばあちゃんが入院して2ヶ月程経っただろうか。

先日、ついに看護師さんより「そろそろご親戚を呼んだほうがいいかもしれません」と言われてしまった。

 

あ〜、もうすぐおばあちゃん死んじゃうのかぁ

 

薄々わかってたことだけど、いざ目の前に押し迫ると心臓がギュッとなる。

 

おばあちゃんが生きているうちに、おばあちゃんを忘れないうちに、大好きなおばあちゃんの大好きなところを書き出してみようと思う。

 

 

 

 

 

おばあちゃんはちょっぴりクレイジーな人だった。

 

泊まりに行くといつも「晩御飯は何がいい?」と聞かれ、わたしはいつも「なんでもいいよ」と答えていた。

 

すると毎回「なんでもあるよ〜」と言われるので「じゃあ◯◯がいい!」と答えると「ほんならちょっと行ってくるわ」と買い物に出かけるような人だった。

 

「何にもないってこと そりゃあなんでもアリってこと」?    もしかして、hide?

 

買い物に行くと一度決めたらもう止めても無駄なので、私もついてよく2人で買い物に行った。

 

わざわざ買い物に出かけさせるのは申し訳ないけど、何か答えなければ延々「なんでもあるよ〜」と言われるので、中学ぐらいからは「冷蔵庫にありそうなものを答える」というゲームとしてその質問を楽しんでいた。

 

お米だけあれば作れる「おかゆ」と答えるチート技も発見した。

 

おばあちゃんの作るおかゆは鰹節から取ったダシと昆布から取ったダシ、しいたけから取ったダシをベースに、さらにほんだしを入れるというクレイジー粥だった。

ひたすら濃い。何かわからないけど濃い。そして、異常な中毒性がある。

 

雪の降り積もる山間部出身だからだろうか、おばあちゃんはたまにこういう塩分過多料理を作る。

 

でも、私はそのクレイジー粥が未だに一番の大好物だ。

ゲームのチート技というだけでなく、そのおかゆを食べたくて本当によくリクエストした。

もうあのおかゆが食べられないと思うと、ちょっぴり寂しく思う。

 

 

 

別の日の朝、泊まりに行っていた私が「ホットケーキ食べたい!」と言ったら、おばあちゃんは家にあったお好み焼き粉でホットケーキを作ってくれた。

 

お好み焼き粉を扱ったことのない小学生の私は一瞬(できるのか?)と思ったが、私より何十年も長く生きているおばあちゃんが作れると言っているので大丈夫だろうと思い直し、出来上がりを待った。

 

待っている間、完全にお好み焼きを焼いている匂いが漂っていたが、気のせいだと思うことにした。

 

 

出来上がって、一口食べた。

あまり想像できないと思うけれど、お好み焼き粉で作られたホットケーキはシンプルにまずい。

ダシや醤油、鰹節の香りのする"あの"お好み焼きに砂糖をたっぷり入れたものを想像してほしい。その味なのだ。

 

苦い顔をする私におばあちゃんが「ダメだった?」と心配そうに声をかける。

「大丈夫!食べられないことは無いよ!!!」と言って、無理して何口か食べた。

 

超絶怒涛におばあちゃん子の私にとって、おばあちゃんが作ったものを「まずい」と言ったり残したりすることは絶対悪だったのだ。

 

水で流し込みながらお好み焼きホットケーキを食べていると、隣で同じものを食べ始めたおばあちゃんが「あ〜!!!こりゃ食えんわ!!!」と大笑いしてゴミ箱に一瞬で捨てた。私も色々と我慢していた分、めちゃくちゃに笑った。

 

それ以来食品棚にはホットケーキミックスがストックされるようになり、私もあまりにまずいものは「これは…もしかして……おいしくはない、の…かも… 。わかんないけど……多分………。」と言えるようになった。

 

 

 

 

またとある別の日

はがき1枚の配送料がまだ50円だった頃だ。

 

会社を営んでいたおばあちゃんは、はがきを出す機会が多くあった。

学校帰りに会社の事務所でよく宿題をしていた私はおばあちゃんのこんな声を聞いた。

 

「あ、しまった、切手がない

 まぁこうしときゃええか」

 

気になっておばあちゃんのところに行ってみると、切手を貼るべき"あの枠"にセロテープで50円玉を貼っていた。

 

切手がないときはいつもそうしていていたらしい。 

確かに、切手も50円だし、お金も50円だ。

同じ値段だからそれで送れるのか!おばあちゃんは物知りだなぁ!!スゴイ!!!と本気で思った。

 

その後もはがきに50円玉を貼り付けているおばあちゃんを何度も見かけた。

私は完全に「はがきとはそういうもの」だと信じて育った。

 

 

間違いに気付いたのは20歳を過ぎた頃だ。

当時ははがきの配送料が52円だったので、50円玉1枚と1円玉を2枚貼れば届くのかな?と思い「はがき お金を貼る」で検索し、ようやく間違いに気付いたのだ。

あの時調べなければ、多分今も勘違いして育っていただろう。

 

本当に騙されていた。

そして、勘違いがわかったときにはお腹を抱えて笑った。

時空を超えて騙すなんてスゴイ。めちゃくちゃ狂ってて、めちゃくちゃ面白い人だ。

 

 

 

その他、おにぎりを延々と食べさせられる「わんこおにぎり」の話や「ゴキブリ手潰し事件」「掛け布団を10枚掛けられ圧死しかける事件」などクレイジーエピソードはたくさんあるが、今日のところはこれくらいにして、寝ているおばあちゃんにたくさん話しかける時間に戻ろうと思う。

 

 

 

 

 しんみりした内容なので、おばあちゃんとのSNOWを貼って明るく終わります。

 

 なにやられてるんだかわかってないところがカワイイね

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みんなもおばあちゃん大事にしろよな!!!!!

 

 

 

 

おばあちゃんの病室にて。

 

 

中岡まゆ